エリートは探偵に激しく愛される

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「依頼…? クッ、珍しく俺のところに顔出したと思ったら、冗談の相手にしようって魂胆かよ?
金持ちなんだから、もっといい興信所にでも行けっ!」
「そうよ。依頼者に絶対服従で腕の良い探偵ならたくさんいるわ。
調査料金をケチるほど私は貧乏でもないしぃ」
「だったら、とっとと他に行けよ。何もこんな危険な街の潰れかけた探偵事務所に、深窓のご令嬢が来ることはねぇだろがっ。お前、まさかベンツ横付けじゃねーよな? だったらたぶん一分でホイルやらハンドルやら部品はずされてるぜ」
「えぇぇっ!?」
 アリオスにそう脅されて、アンジェリークは窓辺に走った。
 立て付けの悪い窓枠なので、ガラスを上げるにも一苦労。
 そしてやっと開いた窓から顔を出して、このビルの入り口に駐車した自家用ベンツの生存確認をした。
 アリオスもまたそれに続いて彼女の背後から外を見た。
「忘れてたけど、今日の運転手はヴィクトールにお願いしたんだったわ」
「なんだ…。あの軍隊からジジイがスカウトした奴か。…じゃ、誰もベンツにゃ近づくはずもねぇな。あの軍隊崩れ、見た目だけでマジ怖いしな」
「アリオス? お祖父様の事をジジイだなんて…、相変わらずね。もう少し…」
「ストップ。それ以上の説教は結構だ。ともかくお前は帰れ。どうせホントは依頼じゃねぇんだろう? またジジイに頼まれて俺をどうこうしようとか…」
「ううん、違うわ。本当に今日は依頼したいことがあって来たの。こんなしょぼい探偵事務所のしょぼい探偵のあなただからこそ、お願い出来るお仕事なのよ」
「しょぼいしょぼい言うなっ! これでも俺の自宅兼仕事場なんだ」
 アリオスは子供の頃から、この金髪巻き毛の従妹が苦手。
 顔はなかなかのものだが、気が強く生意気。
 だがこの従妹アンジェリークに言わせると、『それそっくりあなたに捧げたい言葉なんだけど?』と言われてしまう。
「何の仕事だよ。俺は仕事は――選ぶぞ」
「はっ! 仕事を選びすぎたから事務所がしょぼくなって行くんでしょ? ちょっと調べさせてもらったけど…家賃三ヶ月貯め込んでるんじゃないの?」
「(ギクッ)」
「仕事を選べる状態じゃないわね? 私の依頼聞くしかないわよ? いい? どんなに格好良くたって、一文無しの上に仕事もない男なんか、誰もお嫁さんに来てはくれないのよ? 料理・洗濯・掃除一切ダメで、それなのにプライドばかり高くって、正義の味方気取りで依頼の報酬も取れない仕事ばかりしてるあなたなんてっ」
 ガミガミとまくし立てる所は、祖父に良く似ている。
 アリオスは両耳に指を突っ込むという、非常にオーソドックスな現実逃避をした。
 そんなところがアンジェリークに更に突っ込まれてしまう子供じみた部分である。
 アンジェリークはため息をついた。
「埒が明かないわね。本題に入るわよ。…他の高級な探偵事務所に行かないのは、私自身に関わる依頼だからなの。おんぼろ事務所でもあなたの探偵の力量って業界じゃ認められてるでしょ? どうしようもない従兄でも私はあなたを一応他よりは信頼しているし」
「クッ、そりゃどーも」
「あなたにとってはくだらない依頼かもしれないけれど、ギャラは破格にしてあげる。これで家賃も安心だし、壊れているカーCDコンポも直せると思うわ」
「ん? な、なんで俺のコンポが壊れてるのを知ってる!?」
「一階で掃除していたおばさんが言ってたわよ。『あれま、嬢ちゃん、アリオスの所に行くのかい? あの男最近コンポが壊れて機嫌が悪いから、レイプでもされないように気をつけなよ?』って」
「誰が従妹を犯すかっっ!! あのばーさん、ただじゃおかねぇぞ」
「ま、そうでしょうけど、とりあえずあなたの近所の評判はそんなレベルってことね」
 アリオスはビルの管理人のナターリアに、必ず後で抗議しようと決めた。
 機嫌が悪くても自分は犯罪者には絶対にならないのだと。
 だが、コンポの修理代という魅力には勝てない。
 そして、胸ポケットからタバコを取り出して、従妹に尋ねる。
「依頼を具体的に言え」
 アンジェリークはニコリとした。依頼を受けそうな雰囲気のアリオスだ。
 アリオスが資金に四苦八苦しているのは事実だ。
 しかしアンジェリークは知っている。
 この従兄は変わり者で偏屈だが、本来は自分にはとても優しい男だと。
 コンポの修理代のためではなく、たぶんアンジェリーク自身が関わる依頼原因だという事が気になっているのだ。
「とうとう私も旦那様を決める時が来たの。家訓でしょ? フィアンセは18歳になったら決める。そして22歳には結婚する事って」
「…ジジイの決めた事に従うのか? お前そんなに根性がない女だったかよ」
「うん。もちろん冗談じゃないわ…って思ったのよ。でも一応相手だけは確認しようかなぁ…って。そしたらアリオス、聞いて聞いて?」
「は? なんだよ…擦り寄ってくるなよ」
 アリオスはニタニタとして近寄ってきた来た従妹を避けた。
 だがアンジェリークは上機嫌に笑った。
「めちゃめちゃイイ男なのぉぉーー! なんて言うのかしら?…ハンサム? 二枚目? イケメン? 美男子?」
「そりゃ、全部同じだ」
「いいの、いいの。ともかく他に表現のしようがないほどなのよ。一流企業の敏腕ビジネスマンで、たぶん重役間違いなしの人よ。お祖父様はアルヴィースグループにスカウトしていくつかの業務を任せたいと思ってるみたい。お見合いなんか断ろっかなっと…なんて思っていたんだけど、彼を逃してアレ以上の男なんか絶対にいないわ!!」
「じゃ、とっとと婚約しておけばいいだろ? お前のゴロニャン技だったら、大抵の男ならおちる」
「彼はあなたと違って紳士なのっ!! 正式に婚約するまではキスまでってタイプっ!」
「あ、そっ。んで? まさかお前、ノロケを聞く…ってのが依頼じゃねーだろうな。相談料だけでも料金値下げしないぜ」
「わけないでしょ、馬鹿っ! …つまり、私も一応財閥令嬢だし、彼が我が家の家名や財産だけ目的で私と付き合っているかどうかとか、他に愛人が18号くらいまでいたらどうしようとか…そういう調査をしたいわけ。でも、探偵は依頼人の守秘義務はちゃんとわかっているでしょうけど、やっぱり私はあなたがいいわけ。絶対にアルヴィース一族の依頼だって漏れないから」
 アンジェリークは、つまり未来の夫たる男の素行調査を、男兄弟のいない彼女にとっては兄貴同然のアリオスに頼っているわけである。
 アリオスは眉をひそめた。
(これでも現役捜査官時代は、迷宮なしのオッドアイと言われたこの俺だ。いかに今は落ちぶれた探偵事務所所長だとて、花婿候補の素行調査なんつー小せぇ仕事をするのか?情けない…)
 けれど、やはり可愛い従妹の依頼であり、コンポの修理もしたいし家賃を払いたい。
 仕事的に小さい仕事だが、その分作業は大掛かりではない。
 ちゃっちゃっと済ませて、金を貰えばいいだろうと安易に思うアリオスだった。
「で、ギャラはいくらだ?」
「新しいコンポに変えられて、たまった家賃が払えて、まだまだ余るほどるよ。ただし、調査内容を適当に報告したら、このビル買収して追い出しちゃうんだからね」
「わかった。いつまでに調査書出せばいいんだ?」
「そうねぇ。…出来たら二週間でお願いしたいわ。私は彼に会いたいのを我慢して、バカンスに行ってくるから。帰ったらまっさらで清潔な彼の素行調査報告書を貰えるのを楽しみにしているわ」
「…真っ黒でドロドロしてたらどうするんだよ」
「そんなはずないっ!! あの人に限ってそれはないわっ! 私の目に狂いはないのっ」
 アンジェリークは腰に両手を当てて自慢げにしていた。
(そんなに信じてるんなら、依頼なんかするなよ)
 アリオスはその言葉をグっと我慢して出さなかった。
(とりあえず、家賃とコンポ…)









「ね、ね。ちょっと? 新しい社内便の集配の彼…、めっちゃめちゃイケてない?」
「あーーー! 知ってる知ってる! オッドアイの銀髪不良系…」
「なんか態度が凄い悪そうなんだけど、こっちから挨拶すると、『おおっ』って答えてイイ感じみたい」
「彼が社内を回るのって、日に四回だっけ? 代わり映えのない日中の仕事の中の憩いの時間になりそう」
「とかなんとか言って…、わが社のプリンスが通れば、あんたそっちに夢中じゃない」
「えーー、だってプリンスはあんまり日中オフィスにいないじゃない。その点あの不良君は日に最低4回は眺められるもん」

 社内のOL達の中で、ちょっと評判になっている集配係。
 少しトウが立ってはいるが、そのロッカー風なルックスも、媚びない感じも逆に新鮮だったらしい。
 この会社の男性はエリートの集まりばかりだが、だからこそ毛色の変わった男性は特に目を引くものである。

「…ミス・ハート…ってどこだ?」
 大きなフロアのど真ん中辺り、営業企画ブースの中心で、感じの悪い低い声がした。
「ハートはワタシだけど…、つーか、アナタその態度なんとかならないわけ? ドスきかせてどうこうなる場所じゃないと思うんだよね」
「は? 誰がドスを利かせたってんだ? 俺は凄ぇ普通に喋ってるぜ(クソ生意気な女だな。顔からしてタカビーだし)」
「あっそ。忠告しとくけど、アナタ顔つきも声も怖いよ? フロアの他の女子はちょっと騒いでるみたいだけど、うちの上司…ああ、つまりこの企画開発のボスは『スマートな言動』にこだわりのある人だから、彼がいる時は気をつけた方がいいよ」
「スマートな言動…。俺、スマートじゃねぇのか?」
「うん。ぜんぜん違うでしょ。対極にいるでしょ」
「(なんかショックだな)」
 アリオスは偉そうな男なのだが、結構つまらぬところで傷つきやすいのだった。
 だが、このポンポンとものを言うこのハートという女はイヤではなかった。
 威張り腐って職業差別でもして来るかと思えばそうでもなく、何気ないこ会話の中でアリオスの欲しい情報を寄越しているのだ。
(企画開発のボス、つまり部長のポリシーは『スマートな言動』か。その上それに添わない相手には注意を促すってことだな。ますます気に食わねぇ)
 アリオスはまんまと、この一流企業C・バラティエ社にもぐりこんだ。
 もちろん、正式な社員などではない。
 バカでかいこの企業は、地上60階建てのビルの45階から60階までを所有していた。
 社内・社外便も引っ切り無し。集配専門係がいなくては大変な作業。
 集配係は大体が、コネクションがないこの企業への入社希望の若者が、『いつか社員になってスーツ族になる』という夢を持って集まる部署だった。
 だが所詮アルバイトの雑用である。
 女子社員はなかなか暖かく見守ってくれるが、スーツ族の男性社員は冷たい。
(冷たくたってOKだ。俺の仕事は人気取りじゃねーからな)
 こうしてもぐり込んで二日目だった。
 タイムカード置き場でチェックしてみたが、ターゲットは昨日まで南に出張だったらしい。
 企画開発チーフである部長のオスカー。
 これが、従妹の花婿候補者だ。
 アンジェリークは先日『写真見る? 写メいっぱい取っちゃったのよ』と、ウンザリするほどターゲットの写真をアリオスに見せた。
 あの時、アリオスは無言になった。
 アンジェリークが騒いで自慢するだけはある。
 緋色の髪は好みにもよるだろうが、確かに完璧な顔かたちだった。
 むろんアリオスにとっての印象はこうだ。
(偉そうだぞ、こいつ)
 自分自身の偉そげさは気にならないアリオスだった。
 首から上の写真だけしかなかったので、全体図がわからなかった。
(まぁいい。現物をすぐに拝んでやるからよ)
 まずは外で調べられるだけのデータは集めた。
 美しい草原を所有するE地方出身。父方は軍人の家系で厳格。
 兄弟姉妹も多いが、オスカーは中間子。
 家督を継ぐ位置にいないので、職業は好きに選んだようだ。
 学生時代の成績はオールAで、母親のたっての希望で欧州のギムナジウムで過ごした。
 ガリ勉ではない証拠に、帰国して入学したカレッジではアイスホッケーのキャプテンでエースも務めていた。当たり前のようにモテたらしい。凄く凄くモテたらしい。
 この企業には面接時のアピールのみで入社を許されたらしいが、入社後の働きは抜群だった。最年少で部長職についたツワモノなのだ。
(調べれば調べるほど、イヤミな奴だ。こんな完璧な奴ほど、何か問題があるはずだぞ)
 アリオスは同じ男としてそう願うしかなかった。でなければ悲しすぎるから。
 アリオス自身もまた、己で人生を反対方向に歩きさえしなければ、輝かしいセレブリティな道があるというのに、アウトロー癖がどうしても抜けないのだ。

「えっと…アナタ、名前は…?」
「俺か? 俺はアリオスだ」
「ふーん。アタシはレイチェルっていうの。ヨロシクね☆」
「ああ」
 にっこりと笑うレイチェルに好感を持つアリオスであった。
 そこで突如周囲がザワついた。
「ん? なんだ?」
「ああ…きっと我らがボスが戻ったのよ。彼が日中オフィスに来ると、女の子達仕事にならないんだぁ…、困っちゃうね。でも格好いいし仕方ないか。あっ、ほらほら、あそこ」
 アリオスはレイチェルに促されるまま、その方向を向いた。
 ターゲットはエレベータルームからまっすぐにこちらに向かい歩いてくる。
 直線距離にすればすぐに到着できるはずだが、そうは上手く行かないようだった。

「やぁ、お嬢ちゃん達、久しぶりだな。――おや? リリアンは髪を切ったな? 活動的な君に良く似合っている。…マーサ、君のそのスーツ、ヴィヴィアンの新作だな? 彼女のデザインはスレンダーな君だからこそ映えるぜ。おっと…ジェシカ、出張中急遽頼んだ書類作成、とても助かったぜ。君が人妻でなかったら、今夜のディナーに無理やりにでも誘うところだ…」
 以後、延々と彼の女子社員ご機嫌伺いは続いていた。

「同じ地球人とは思えねーな。ありゃ人間か?」
「そうよ。うちのボスはハイクラスのフェミニストでスペシャルな男なの。彼は女子社員の王子様なんだ。ま、確かにアナタとはぜんぜん違う次元かもネ。はは」
「言いてぇ事言うなぁ、あんたも」
「男としてジェラシーも沸くでしょ? 対抗しようなんて思わない方が無難だね」
「誰がっ! 俺は優しい郵便屋のにーちゃんが一番イイんだ。エグゼクティブと張り合う気なんか、これっぽっちもねぇし」
「うんうん。アリオス、それが賢い道だよ」
「その言い方もなんか頭にくるがな…」
 やっとやっとでそのエグゼクティブな緋色の髪の部長がお出ましだ。
「お帰りなさい部長。それにしても、直属の部下のワタシよりも別ブースの女子への挨拶で時間を割くなんて、ちょっとヒドイ!」
「いや、悪かったなレイチェル。だが、君とはこの後打ち合わせで一緒にいる時間が出来るので、そこで埋め合わせしよう。相変わらず素敵な小麦色の肌だぜ」
 部長はレイチェルの頬に〔ただいま〕のキスをする。
 レイチェルのデスク横に突っ立ったアリオスは、唖然とした。
(参ったぜ。こんな人種がこの世にいるなんてな。殴りたくなるほど虫唾が走る。俺の従妹はこういうのがイイのか。つか、全国的にこういう男がモテるのか? やっぱ納得いかねぇ…)
「おや? 集配のぼうやが変わったのか?」
 部長はやっとアリオスに気付いたらしい。
 アリオスはユニフォームのひとつのキャップをかぶっているので、その生意気顔は見られてはいないようだ。
 だが、立ち方ひとつ腕の組み方ひとつ、部長殿はアリオスをすぐさま観察したようだ。
 それが気に食わないアリオスだが、あえて違うところから会話を進めた。
「悪いが部長さんよ。俺はアンタに?ぼうや?と呼ばれるほど若くねーぞ。これでも御年28だしな」
「ちょ、ちょっと、アリオス…。部長相手だよ? やめなさいって」
「いいんだ、レイチェル。これは失礼をしたな、ムッシュ。俺の観察が甘かったらしい」
「ふんっ! この集配の仕事は大体20歳そこそこのガキか、逆に年食った奴のアルバイトが多いからな。…俺のような年齢層は珍しいって事だろ(ムッシュとか言うな、アホ!)」
「いいや。俺は単に外見といろいろで判断しただけだぜ。一流企業の最前線で働くこのお嬢ちゃん達の前で、だらしなくガムをかみながら、ポケットに手を突っ込んだままで立っている人物は、間違いなく?子供?だと思っただけだぜ」
「……っっ!?」
「深々とキャップをかぶって、相手の視線を逃れて目を合わせないでいるのは、いただけないな。オトナだったらちゃんと瞳を晒して会話するものじゃないか? ぼうや…」
 アリオスは、ギュッと拳を握って我慢した。
 ここで暴れてはならない。ムカつく指摘にも耐えなければならないのだ。
 だから、キャップを取った。あまり見られたくない瞳だが、相手にああまで言われては仕方ない。
 スポンとキャップを脱いで、固まった銀髪を頭を振ってバラけさせる。
 そして…
「部長さん。すげー失礼をしました。入って2日目でクビになると、目的のCDコンポが買えなくなるから、ご勘弁を…」
 アリオスは気持ち悪いほど笑顔でそう言った。
 実際それは、相手をますますムカつかせる態度なのだが…。
 きっと、このキザ部長も、不機嫌な顔になるだろうと予想できた。
 だが、状況が少し違ったようだ。
 部長は――オスカーは、アリオスの瞳をじっと見つめると、少しばかりピクリと奥歯をかみ締めたように見える。
(なん…だ…よ)
 アリオスは予想外のオスカーの態度に拍子抜けになった。
 しかし相手の出方を待つしかない。
 やがて、オスカーがようやく声を出した。
「お前……」
「はいはい、部長さん。何ですか?」
「そのジーンズのベルトから垂れているチェーン…、やかましそうだからはずした方が無難だぜ。俺の大切なお嬢ちゃん達の耳に障る」
「…………ぬぁっ!?」
「じゃ、失礼する。――レイチェルは午後2時から第3ミーティングルームで逢おう」
「は、はい、部長」
 オスカーは颯爽と歩いてガラス張りの彼の個室に向かった。
 去り際に、少しだけ振り向いたオスカーは、アリオスに向かって視線を流した。
 それは、企業のエリート部長が集配係の〔ぼうや〕に流す視線とは思えなかった。
 オスカーの瞳は氷のような冷たいブルー。
 口元は少し気取って相手を小ばかにしたように。
 だがなぜだろう。
 アリオスはドキリとした。
 体のどこかがズキンとうずくような…
(どうした…俺…)
 だがその原因など掴めなかった。
 オスカーは予定通りに去っていく。
 左手をポケットに入れて、大またで。
「なんだよっ! 自分だってポケットに手を突っ込んでるだろがっ!」
「だから、あれは部長にだけ許されたポージングなの。アリオスじゃダメなのっ!」
「えこひいき反対っ!」
 アリオスはムクれた。
 とてもとても納得がいかない。
 だがひとつだけはっきりした。
 探偵業務としては、してはいけない事をしてしまったと。
「やべぇっっ!!」
「ど、どうしたのアリオス?」
 床にうずくまってしまったアリオスに、レイチェルも驚いたらしい。
「や。なんでもねぇよ」
 だが泣きたい気分だった。
(ターゲットに接触しすぎたぞ。見事に目立っちまったじゃねーかっ)
 悔やんでも遅し。ともかく祈るしかない。
 あの気障なフェミニストのオスカーは、女の情報は見事に脳にインプットされるが、男の事は二秒で記憶から抹消するタイプであって欲しいと。





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