bitter〜pure〜






愛し方セックスを教えてやる。

 好きだと告白した俺に、少し困ったように微笑してそう言ったのはオスカー様だ。
 だけど、俺が学んだのは、いつか出会うだろう女の子の愛し方ではなく、この人に対する愛し方だった。
 例えば、キスやセックスをしている最中、髪を撫でてもらうのが好きだったり、終わった後のさり気ないケアだったり。
 一般的なベッドでの技術を教えてもらうより、言葉にしない、この人が表情で語る好きな愛され方を学ぶ方が、
余程俺には重要だった。
 俺は恋愛に対して、まだ完璧にこなせないけれど、それもまた、この人の好きなものである事を知っている。
 俺の未熟さが、この人の欲情を刺激する鍵なのだ。
 例えていうならば、愛情についていかないベッドでの未完成な技術だったり、この人を喜ばせようとする真剣さや、
無鉄砲なところといった、十代特有の幼さに対してだった。
 俺は複雑な心境だけれど、どう考えても今の俺にはこの人に敵わないのは承知している。
 いつも大人の余裕をもって事にあたろうとするんだけれど、俺はこの人を見ると、
早く事を為し遂げなくてはという強い焦りを感じてくるのだった。
 そんな気持ちでこの人に触れるから、どうしても手つきは始めぎこちない。
 やっぱり、俺は駄目だなぁと、悲しくなってきて、それはすぐに顔に出てしまう。
 すると、オスカー様は俺を見上げて微笑する。
 その長い指をした手で俺の両頬を包み、そっと唇にキスをして、俺をリラックスさせようとしてくれるのだ。
 そうされると、この人が凄く好きだと改めて自覚させられて、なんだか俺は泣きたい気持ちになってくる。
 けれど、気遣ってくれるこの人を、精一杯愛する方が、俺には大事だった。
だから、緊張を越えた愛情がそうさせて、俺はこの人を心地好くする事に専念する。
 オスカー様はいつもセックスに対して貪欲で、そしてとても快楽に素直だった。
 快感を伝える声も、仕種も、俺に対して隠そうともしない。だから俺は必死になって、この人を悦ばせようと懸命になる。
 「乱暴にするのと強引なのは」と、オスカー様は途中で甘い溜め息を付き、言葉を続けた。
「決して同じじゃないんだぜ。」
 優し過ぎても刺激がなく、かといって暴力的でもいけない。重要なのは、気遣う優しさを覗かせた、セックスに対する情熱だ。
 だから俺は、ほんの少しだけ獣になる事を覚え、わざとオスカー様の両手首をシーツに押さえ付けて激しくキスをした。
 恍惚として喘ぐこの人が、もっと欲しいと望めば、俺は何でもしてあげる。
 この人の望む事は、即ち俺の望みでもあるからだ。
 だって震える指先で俺の背中に縋りながら、掠れた声で名前を呼ばれると、
俺は嬉しさのあまり、幸福にどうにかなりそうだから。
 オスカー様は、いつもレディは、女性はと口にした。例えば、性急に事に及ぼうとした時なんか。
「ムードぐらい作らなければ、女の子はその気になってくれないんだぜ。お前もちゃんと学べよ」
 この人は、決して拒んだりしないけれど、女の子を引き合いに出して、しっかりと俺に釘を指す事も忘れない。
 けれど、俺にとって重要なのは、この人がどう思うかだ。
 だから俺は、オスカー様も?と尋ねる。
「俺は女じゃないからな」
 苦笑するこの人に、俺はワザとこう言った。
「なら、ムード作りなんて覚えても意味ないです」
 そう言う俺を、この人はどう思うのだろう。
 単なる憧れから、恋へと変わった俺の気持ちを、この人は無視し続ける。
 遠回しに、自分と俺との境界線を張っているのだ。
 俺にとっては愛する人とのセックスでも、この人にとっては、年下の後輩にセックスを教えてやる、
言わば個人授業のようなものなんだ。
 俺が少しでも一歩恋愛に踏み込もうとすると、すかさずオスカー様は心のドアを閉めて、絶対に踏み込ませてくれなかった。
「俺を愛してる?」
 尋ねると、オスカー様はただ甘い溜め息をついて快楽に身を委ねているだけだ。
それが答えだと解ていても、俺は苦しくなってこの人に言った。
「俺はあなたが好きになるような男になりたいんだ」
「お前は、お前以外の何者でもない。だからこのままでいいんだ、ランディ」
 オスカー様は俺を抱き寄せて、小さな子供にするみたいに頭を撫でた。
「簡単に自分を捨てるような男を、女は好きにならないぞ」
「女じゃない、あなたです。俺はあなたに好きになってもらいたいんだ」
 俺が詰め寄ると、この人は苦しそうに歪ませた顔を不意に逸らした。
「俺を困らせるなよ」
 呟くこの人の横顔が、あまりにも悲しそうで、俺を慌てさせた。
「すみません」
 俺は謝ってオスカー様を抱きしめる。それから、いつも俺がしてもらっているように、頬を手で包んでそっと唇にキスをした。
 するといつもの立場が反対になった事へ、オスカー様は漸く少し笑ってくれる。
 俺はホッとして、なんとか精一杯の笑顔を見せた。
 お前の笑顔は見ているこっちも元気が出てくると、この人が言ってくれるから。
 そしてこの人を悲しませた代わりに、快楽を与えようと、俺は舌や指先を丁寧に動かし始める。
 既に灯っていた欲望は、容易くこの人の全身から力を奪った。
 だらしなく開いた脚は、それだけでいやらしくて、俺は露になった滑らかな太腿の内側を見ていると、
勢いのままに犯したくなって、本当に獣になりそうだ。
 なんとか、その狂暴性を静めようとする俺に、オスカー様が吐息の合間に告げてきた。
「いいんだ。お前の好きなようにすれば」
 まさか、そんな風に言ってくれるとは思わなくて、驚いて見ている俺に、オスカー様は更に言った。
「俺は女じゃない。壊れないから、好きなだけしろよ」
 何がこの人にそう言わせるのか、俺には解らない。
 いつもなら、乱暴にするとレディに嫌われるとか、言いそうなものなのに。
 けれど俺も男だから、そう言われれば、益々欲望は強くなって、遠慮もせずにこの人に食らい付いた。
 オスカー様の脚の間に俺を溶かし込むと、そこはとても熱くて、一瞬目眩さえ感じた。
それを無理に振り払って、俺は自分の為の快楽を求めて動き出す。
 そうすると、自然とこの人の呼吸も乱れて、俺を喜ばせた。
 未熟な俺でも、この人を快感に喘がせる事も出来るのだと実感する。
だから、もっとこの人を悦ばせようと、俺は懸命になる。
すると腰を打ち付ける度、掠れた声は、甘い響きを持って俺の鼓膜を震わせた。
 そんな俺に、オスカー様はねぎらうように背中を撫でながら俺を褒め、更にもっと欲しいと貪欲に求めてきた。
 
その時、俺の幸福な時間を壊すかのように、電話が鳴った。
そしてそれは、まさにその通りの出来事なのだった。
 これだけ乱れて叫ぶこの人は、快楽を優先して電話を無視すると俺は思っていた。
しかし、オスカー様は、ゆっくりと受話器に手を伸ばしたのだ。
 俺は咄嗟に、その腕を掴んでいた。
 なんだか嫌な予感があったからだ。この人に、電話の相手と話をさせたくないと、強くそう思った。
 掴まれた腕を振り解こうとするこの人を、俺は遊びではない力を込めて、シーツに縫い付ける。
 剣の腕は全然敵わないけれど、腕力には自信があったし、態勢からいっても俺に有利だった。
 ベルは鳴り続ける。オスカー様は、しきりにサイドテーブルの電話を気にしている。
 離せと言うオスカー様を、俺は許さなかった。
 そして俺は、オスカー様を激しく犯し始めた。
 俺はこの人が何も考える余裕がなくなるように、体を動かした。
いつものこの人だったなら、既に甘い叫びを上げるような勢いと動きで。
 なのに驚いた事に、オスカー様は冷静だった。
 熱情を煽るどころか、冷めた眼差しで、俺を見上げていたのだ。
 そして一言、ランディと強い、抑えた声で俺の名を呼んだ。
 その声に、俺は反射的に動きを止めた。
 改めてオスカー様を見ると、アイスブルーの瞳は、溶けるどころか氷のように凍ったまま、
強い意志を込めて俺を見つめていた。
 いつも俺に抱かれている最中、快感に溶けたように潤んでいたあの瞳がだ。
 どんなに快感を煽るように腰を動かしても、この人の感情次第で、それはただの運動に成り下がるのだった。
 俺は愕然として、無意識に押さえ付けていた腕を離していた。すかさずオスカー様は、受話器を取った。
 そして驚いた事に、オスカー様は自分の上に男を乗せた態勢で、何事もないような普通の声で、言葉を発したのだった。
 しかも、未だ俺の一部を体内に挿れたままで。
 まるで大した事ではないという平然としたその様子が、俺には信じられない光景だった。
 
不意に、オスカー様の声に、何かしらの微妙な変化があった。
オスカー様はやんわりと俺を押し退けて、ベッドから身を起こした。
 頬と肩で受話器を支えながら、乱れて殆ど腰に引っかかっているだけの部屋着の紐を結び直し整えて、
オスカー様は話しながら隣の部屋へ向かっていく。
 その声には、切ない溜め息を吐き出した気配すらなく、歩く足取りには、
たった数秒前まで俺に脚を開いて男を受け入れていた甘い快楽の余韻さえ、伺えないのだった。
 その背中を、俺は茫然と見送っていた。
 俺とのセックスよりも、優先させる人物。
 以前から、薄々あの人に特別な誰かがいる事を、俺は気づいていた。
 日の曜日の早朝につけてもらう、剣の稽古を時々キャンセルされていたからだ。
 既に日課となっているその稽古は、このアルカディアに居る間も続けられている。
 早朝の稽古を断るという事は、時間からいって、相手はきっとこの邸に前日から泊まっているのだろう。
 そういう特別な存在だ。
 オスカー様の、今の電話の話し方からいって、相手が女性じゃない事を俺は知った。
敬語ではない事からも、相手がジュリアス様やクラヴィス様じゃないらしい事も。
 あの人が、普通の言葉使いで話すとしたら、それこそこの地には多くの男達がいて、俺には誰だか判別は出来なかった。
 やがて隣の部屋から戻ってきたあの人を見て、俺はふつふつと怒りがこみ上げてくるのだった。
 俺は押し殺した声で、尋ねた。
「日の曜日の稽古は、無しですね」
「ああ。悪いな」
 俺のそんな声の変化に気づかないまま、どこかぼんやりとした様子で答えたオスカー様は、
すぐにも正気づいてすまなそうに苦笑した。  けれど、数日後に行われる情事を想像するかのよう、アイスブルーの瞳は潤み、
呟いた唇も薄く開かれ、甘い色気を漂わせている。  人の気も知らないで、そんな状態になっているこの人が、俺はどうしても許せなかった。
 電話で話をしただけで、後日その相手と寝る事を想像するだけで、容易く欲情しているという事が、俺を怒らせたのだ。
 俺はオスカー様の腕を無造作に掴み、強引にベッドまで引きずっていった。
 突き飛ばすようにベッドに押しやると、オスカー様がシーツに倒れた拍子に、持っていた受話器が床を転がった。
 身長差も、ベッドに倒してしまえば、大人と子供という垣根もなくなったように思えた。
 オスカー様は抵抗しなかった。
 俺はオスカー様の着ていた部屋着を、剥ぐように脱がせて、犯し始めた。
 それは既に愛じゃなかった。
 乱暴に脚の奥へと突き挿れて、激しく動いても、ただ苦しそうに呻いただけで、オスカー様は一切の拒絶をしなかった。
 自分がどれだけ残酷な事を俺にしたか、解っているからだ。
 俺がする酷い行為を、オスカー様はすべて受け止めようと手足を投げ出している。
 辛そうに咬みしめられた唇は、暴力的な行為に対して、ただ耐える事だけを決意しているかのようだ。
 この唇が、誰かとキスをし、俺にはくれない愛の言葉を囁くのかと思うと、どうしようもなく腹が立った。
 誰になら、その躯を開くのか。俺以上に受け入れて快楽の甘い声を上げるのか。
 怒りや嫉妬は自然と動作に現れて、突き上げる度にオスカー様の身体を強張らせている。
 愛情を伝える筈の行為は、今ただの暴力に成り下がっていた。
 こんな筈じゃあないのにと、俺は思う。本当は優しく抱いてこの人を喜ばせたい。それが望みだったのに。
 どうしてこんな事になるんだろう。
 俺はとても悲しくなってきて、そして気づくのだった。
 この人にとって心地好くないセックスは、俺にも快楽をもたらさない事を。
 体が快感を得ても、心がちっとも心地好くならない。
 結局、俺にはこの人を傷付けるなんて、不可能なのだ。
俺がこの人を愛する時、苦しそうに堪える姿を見たいのではなく、幸福に喘ぐこの人でなければ、抱く意味がないのだった。
 それが、俺の幸福に繋がるからだ。
 泣きたくなってきて、動きが鈍りながらも、それでも止める事が出来ずにいる俺を、この人は気づいたのだろうか。
 オスカー様は、俺の背中に腕を廻し、宥めるようにそっと撫で擦った。
驚いて見ると、オスカー様は真摯な瞳で俺を見つめていた。
 そして背中に腕を絡めて俺を抱きしめると、オスカー様は自ら腰を動かして、俺を心地好くしようと努めだした。
 急に襲ってきた快感に、俺は息を震わせた。
 時々微かなため息を零しながら、オスカー様は浮かせた腰を俺に押し付けるよう動かして、二人で快楽を味わおうとする。
 俺は急激に怒りが薄れてくると、今度は苦痛ではない動きでこの人を愛し始めた。
そうすると、なんだか暖かい気持ちになってきて、やっと体と心が一つになって、快感を求め出す。
 オスカー様は、こうして愛に関する様々な事柄を俺に教える。
 嫉妬や憎しみ、それらでは決して満たされない事、その感情を抱えながら、愛さずにはいられない、やるせなさも。
 やがて俺の動きに合わせて、オスカー様はいつものように甘い叫びを上げ始めた。
 俺の腰にあの滑らかな太腿を擦り寄せて、欲張りに快感をねだっている。
お互いの腰は同じリズムで動き、益々心地好くなった。
 あんなにこの人を憎く思ったのに、どうして今はこんなに愛しいと思うのだろう。
 他の男を想いながら俺に抱かれている、淫らでふしだらな、俺の愛する人。
 俺は込み上げる気持ちのまま、愛してるという言葉を口にする。
 けれど、決してこの人は俺を愛してるとは囁かなかった。
ただ、溜め息のような甘い声で、何度も俺の名前を呼び、背中を撫でていた。
 それが、この人に出来る精一杯の愛情なのだ。
好きなだけしろよと告げた、この人の示せる範囲なのだと、俺は理解した。
 きっと、無理にこの人の気持ちを奪おうとしても不可能で、けれど、俺には今の関係を失う事など出来なかった。
 俺は心のわだかまりを吐き出すように、オスカー様の中に射精した。その直後、オスカー様も俺の腹を濡らして果てる。
 瞳を閉じて、肩で呼吸をするこの人を、俺は愛しく思うままに、奇麗な赤い髪を撫でてやった。
この人が、こうされるのが好きだから。

するとオスカー様は、ゆっくりと瞼を開いて微笑むと、俺を引き寄せて、唇にキスをくれた。
 そしていつものように、オスカー様はベッドでの出来事が終わると、部屋着を纏ってグラスに氷と酒を注ぎ、
バルコニーの傍にある、ゆったりとした椅子に腰かけて、太陽の傾いた外を眺めた。
 その頃には、体内で出した俺の精液は、オスカー様の足首まで零れ落ちている。
 けれどこの人は、それを気にした風もなく、酒を飲みながら夕暮れ時の美しい空と木々を見ていた。
 その姿は心地好い快楽を堪能した後とは思えない程寂し気で、俺はとても胸が痛むのだった。
 俺はなんとか笑ってもらおうと、おどけてみせた。
 するとオスカー様は、優しく微笑って俺を手招きすると、ぎゅっと抱きしめてくれた。
 そして愛してると言った先程の答えとして、オスカー様は言った。
「俺も、お前のそういう優しさを愛してるぜ」
 決して、俺自身を愛してるとは言ってくれないこの人が、俺を不安にさせる。
  「すみません、オスカー様。さっきの事、怒って当然ですよね。俺」
 言い募る俺の唇に、オスカー様は不意に指先を当てて黙らせた。
そして何も言わずに微笑して、俺のした酷い行為を許してくれたのだった。
 俺は安心して、肩の力を抜いた。今の関係を終わりにするかの決定権は、この人が握っていた。
そしてそうされても不思議はない扱いで、俺はこの人を犯したのだ。
 俺は腰を下ろして、オスカー様の膝に頭を乗せた。
 そこはセックスの匂いがした。俺はなんだか、たまらなくなって、頬を押し当てる太腿に口付ける。
 それから、片膝を立てている為に裾から覗いて見える濡れた内腿に、精液を肌に染み込ませるかのよう擦った。
 その間中オスカー様は、子供を愛でるように、俺の頭を撫で続ける。
「ランディ。お前がいつか、何かを強く望んだ時、無駄だと思ってもそれで諦めるなよ。
お前はまだ子供なんだから、駄々をこねても許される」
 静かに語り聞かせるオスカー様を、俺は膝に頭を乗せたまま、上目使いで見た。
それじゃあ、あなたは?と、尋ねる俺に、オスカー様が小さく苦笑した。
「俺の年じゃ手遅れだからな。我儘は言えなくなる」
 そう呟くこの人の哀しそうな顔を見て、俺は不意に悟ったのだった。
 
ああ、そうか。この人は寂しいのだ。
 てっきり俺は、この人が想う相手と心が通い合っていると思っていたのに、それは多分違っている。
 俺がこの人の心を欲しいと思うように、この人もまた、誰かの心を切望しているんだ。
 この人は、俺よりもずっと大人だから、俺には理解出来ない様々な事柄に縛られて、余計なものまで背負っている。
 俺が感情的に、この人が欲しいと訴える事は出来ても、同じ事を、この人は口にする事が出来ないのだろう。
 それがどういった理由によるものなのか、俺には解らなかったけれど。
 だけど、これだけは俺もはっきりと理解していた。
 この人は、俺が知らないその相手を想う事を、決してやめないだろう事を。
 きっと、“諦めない”ではなく、愛するのをやめられないという事だ。
だって、そんな簡単に気持ちは割り切れるものじゃない。
 実際、俺がその良い例だ。
 他の人を愛しているのを知りながら、俺はこの人が恋しくてたまらない。
自分の中にある恋心を殺すなんて、俺には出来なかった。
 それはこの人も同じなんだ。
愛されていないのは解っていても、触れていれば幸福で、そして哀しい程想い人に心が捕らわれている。
 可哀相なオスカー様。そして可哀相な俺。
「俺じゃ駄目なんですか。俺なら、あなたを哀しませるような事はしない」
 オスカー様は淡い笑みを浮かべた。
「十八のお前は、これから多くの人と出会う。そのなかで、お前が好きになるような娘もいるだろう。
俺との事は人生のなかの、ただの通過点にすぎないんだ」
 いつか出会う女の子。けれど、俺は今この人が欲しいんだ。俺だってこの人が初恋という訳じゃない。
 守護聖になる前、好きになった女の子だっている。
 過去に好きになった女の子は、いつも幸せな弾んだ気持ちを俺にプレゼントしてくれた。
 だけど、こんなに胸が痛くならなかった。
 こんなに苦しくて切ない感情は、オスカー様が初めてだった。
愛する感情が肉体へと結びついて、欲情するのも、いつも触れていたいと思ってしまうのも、この人以外にはいなかった。
 恋愛と性欲が一つになる事。
 こんな大それた感情が、ただの通過点だとは俺にはとても思えないのに。
 オスカー様は、優しい眼差しで俺を見つめながら、ずっと俺の頭を撫で続けている。
 紅い斜陽に染まったオスカー様はとてもキレイで、俺はひりひりと胸が疼いた。
 それを治める方法は、一つしかない。
 俺は太腿へ口付け、部屋着に隠れた奥へと顔を寄せていった。
 いつものように、オスカー様が拒む事はない。
 舐めてやれば、オスカー様自身はすぐにも熱を持つし、濡れた奥は容易く俺の指を受け入れた。
 すぐにもオスカー様は、蕩けそうな声を零し始める。
体はこんなにも俺を受け入れてくれるのに、決して心はくれない人。
 この人にとって、俺を喜ばせたり、絶望させるのは、とても簡単な事だ。
そして身も心も、夢中にさせて、絶望の淵へ突き落とすのも容易に可能だ。
 けれどオスカー様は、俺にそれを味合わせないくらいに優しく寛容だった。
そしてそれら同等の深い愛情をくれない程に残酷だった。
 きっとオスカー様は、自分と同じ境遇の俺を、絶望させる事も、突き離す事も出来ないのだろう。
 俺の感情は、この人が一番身近に感じているだろうから。
 俺とオスカー様は、同じなのだ。
 お互いに抱えた虚。
 まるで心の隙間を埋めるかのように俺達は体を繋げ、寂しさをやり過ごす以外に術はない。
 夕暮れに染まった部屋のなか、俺とオスカー様は、深い快楽へと沈んでいく。



fin







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